癒しを超えたタイ伝統マッサージの本質に触れるために
- 日本タイハーブ協会
- 7月6日
- 読了時間: 6分
更新日:7月14日

1. タイ伝統マッサージとは
タイ伝統マッサージ(Nuad Thai/นวดไทย)は、タイ伝統医学の一分野であり、インドのアーユルヴェーダ、中国医学、そしてタイ独自の民間療法が融合して形成された、身体のバランス調整を目的とする手技療法です。
技法には以下のような特徴があります。
・ 「セン」と呼ばれるエネルギーラインに沿った刺激
・ 体位変換を伴うストレッチング
・ 掌圧、指圧、肘圧、足圧などを用いた圧迫
・ 呼吸、血流、神経系への調整的作用
このマッサージは、単なるリラクゼーションを超えた「治療目的」の施術として、長年にわたりタイ国内にて地域医療や家庭医療の一部を担ってきました。
2. 国際的評価とユネスコ登録
2019年には、タイ伝統マッサージが以下の通りユネスコ無形文化遺産に登録され、国際的にもその文化的・治療的価値が認知されました。
登録名称: Nuad Thai, traditional Thai massage
登録理由:地域社会に根ざし、世代を超えて継承され、健康と福祉を促進する技術体系であるため
この登録により、タイ保健省は教育・実践・制度保護の国際化にさらに注力し、輸出産業としての可能性(ウェルネスツーリズム、留学生受け入れ、海外認定校の設置など)を高めています。
3. タイ保健省による制度化と保護
タイ伝統マッサージは、タイ保健省が所管する「タイ伝統・代替医療開発局(DTAM)」によって、明確に制度化されています。
タイ伝統マッサージ制度化の流れ
・1993年:タイ保健省が「タイ伝統医学」制度化を明言
・2000年:「タイ伝統医学法(Thai Traditional Medicine Act)」制定
・2002年:「タイ伝統医学国家試験制度」の導入
・2004年以降:政府認定マッサージ学校のカリキュラム標準化
・2009年:「Nuad Thai」を伝統治療業として国家認定職業に指定
・2025年:タイ保健省伝統・代替医療局における「Nuad Thai of Thailand」開校。専門的なタイ伝統マッサージセラピストとなるための知識・能力を備えた人材の育成を開始。
このように、タイ保健省は「タイ伝統マッサージ」を医療の一分野として明確に位置づけ、教育・資格・運営のガイドラインを整備しました。
4. 国家資格制度と教育機関
タイでは、タイ伝統医学士(Traditional Thai Medical Practitioner)という国家資格が存在し、タイ伝統マッサージはその専門分野の一つとされています。
タイ保健省が認可する教育機関では、マッサージ技術だけでなく、以下のような学術内容も履修されます:
・ 解剖学・生理学(西洋医学的基礎)
・ タート理論やセン理論(タイ伝統医学理論)
・ ハーブの外用療法(ハーブボール・薬湯など)
・ 禁忌・感染対策・倫理
施術師としての国家登録は600時間以上の履修+実技評価合格をもって可能になります。資格取得後も継続研修が義務化されており、医療の一環としての信頼性を高めています。
5. 公的医療機関におけるタイ伝統マッサージ
タイでは、公立病院や地域保健センターにもタイ伝統マッサージ師が常駐しており、以下のような目的で施術が行われています:
・ 筋骨格系の痛みの緩和(腰痛、肩こり、関節痛など)
・ 血行不良やストレス性疾患へのアプローチ
・ 脳卒中後のリハビリ補助
・ 妊産婦ケアや高齢者ケア
さらに、西洋医学との併用(統合医療)として認知され、保健省の方針としても「初期医療・予防医療への統合」が推進されています。
6.公的支援の下に体系化された伝統的身体技法
タイ伝統マッサージは、単なる観光向けリラクゼーションではなく、タイ伝統医学に根差した医療的価値を持つ技法として、タイ保健省の主導のもと、以下の通り制度化されています。
・ 公的資格制度と教育機関による養成
・ 医療機関での臨床応用と保険対象化の議論
・ 無形文化遺産としての国際的認知
・ 地域医療・観光産業・国民健康政策との連携
このように、タイ伝統マッサージが「社会的資源」として成立している稀有な例といえます。
7.日本におけるタイ伝統マッサージの現状
タイ伝統マッサージは、タイ伝統医学の一部として体系化された手技療法です。仏教文化やインド・中国医学、地域民間療法が融合して発展してきた医療的実践であり、現在ではタイ保健省の管轄のもとで制度的に位置づけられています。
しかし、日本においてはタイ古式マッサージの本来の意義や理論的背景が、十分に理解されていない状況が見られます。
・観光文化としてのイメージの先行
タイ旅行の人気にともない、多くの日本人が現地でマッサージを体験するようになりましたが、観光客向けに提供された簡易的なリラクゼーション施術であることが多く、あくまで「癒し」の延長線上にあるサービスとして誤解されている
・日本国内の法制度による制限
タイ伝統マッサージは、日本国内では治療行為としては認められず、リラクゼーションサービスとして届け出ることになります。このような制度的制限から、「医療」や「治療」という言葉は広告などでは使用できず、結果として専門的な背景が伝わりにくくなってしまいます。
・教育制度と理論的理解の不足
タイでは、タイ保健省の認可を受けた教育機関において、マッサージだけでなく、伝統医学の理論や解剖学、禁忌、衛生などを体系的に学ぶことが義務付けられていますが、日本
では、タイ伝統医学全体を学ぶ場が少なく、民間スクールや短期講座を中心に、技術の一部のみが断片的に伝えられる傾向があり、伝統マッサージが本来持つ医学的・哲学的背景が一般には知られていないのが現状です。
8.タイ伝統マッサージの本質を伝えるために
タイ伝統マッサージは、ストレッチやリラクゼーションのための技術にとどまらず、タイ伝統医学の理論と実践に基づいた重要な治療法のひとつです。タイ国内では公的資格制度や教育カリキュラムが整備されており、保健医療システムの中でも実際に活用されています。
一方で日本においては、観光的イメージや法制度、教育環境の差異、本質と異なる表現方法の乱立などが重なり合い、その本質的な意義が誤解されたまま広まっている状況があります。
この状況を改善するために、一般社団法人日本タイハーブ協会では、タイ保健省タイ伝統医学・総合医療医師協会と、タイ保健省の政策である伝統医療にかかわる研究・啓蒙を推進するために共同で研究を行い、タイ伝統医療・代替医療を発展することにより、健康増進を実現する旨の覚書を締結しました。今後は、ユネスコ無形文化遺産に登録されたタイ伝統マッサージのスタンダードを踏まえ、「Nuad Thai of Thailand」の教育プログラムをベースにしたガイドラインの作成・運用などを通じ、単なる癒しの技術としてではなく、文化的・医療的意義を備えた伝統医療の一環として正しく紹介し、その背景にある体系や哲学を含めて伝えていく取り組みを行ってまいります。



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