タイ伝統医学とハーブ
- 日本タイハーブ協会
- 7月6日
- 読了時間: 4分
更新日:7月14日

〜伝統と現代的な応用の交差点〜
1.東南アジアにおける伝統医学の存在意義
タイ伝統医学(Traditional Thai Medicine:TTM)は、タイ王国の歴史的・文化的土壌のなかで発展した伝統医療体系であり、その根底にはインド医学(アーユルヴェーダ)、中国医学、地域固有の民間療法との複合的融合が認められます。
この医療体系は、「人間の生命活動を構成する要素の調和」に重きを置く点において、西洋近代医学とは異なるアプローチを提示しており、身体と精神、自然環境との相互関係を包括的にとらえる視座を有しています。
2.人体構成要素「四大(タート)」と病因論
タイ伝統医学では、人体は以下の四要素によって構成されると考えられています。
土(Din):骨格、筋肉、臓器などの物理的構造
水(Nam):血液、体液、リンパ、消化液など
風(Lom):呼吸、神経、運動機能に関する要素
火(Fai):体温、代謝、消化活動などの熱的側面
この理論に基づくと、健康とは四要素の平衡状態であり、「疾病はこのバランスの破綻に起因する」と解釈されます。したがって、治療とはバランスの回復を志向するものであり、ハーブ療法はそのための主要な手段の一つです。
3. ハーブ療法(サムンプライ)の体系と診断原理
「サムンプライ(สมุนไพร)」は、薬効をもつ植物資源のことで、タイ伝統医学における薬理的基盤を構成しています。ハーブはその温性・冷性・中庸性といった性質(タムナック)により分類され、患者の体質、症状、季節要因を加味した上で選択されます。
処方においては、以下のような形態がとられます。
内服:煎剤、粉末、錠剤など
外用:湿布、軟膏、オイルなど
吸入:蒸気吸入、ハーブボール療法など
入浴:薬湯による全身温熱療法
また、伝統的には「単方」ではなく、複数の薬草を組み合わせた「複合処方(ヤーホー)」が用いられ、薬理的な相乗効果を期待する体系的な処方が確立されています。
4. 主要薬用植物と薬効の概観
タイにおいて利用される薬用植物は約1,800種に及ぶとされます。以下に、伝統的に頻用される主要ハーブとその応用例を学術的観点から整理します。
レモングラス(Takrai):消化促進、抗菌、解熱、鎮静
ガランガル(Kha):胃腸障害、抗炎症、去痰
ホーリーバジル(Krapao):抗菌、免疫調整、ストレス緩和
タマリンド(Makham): 整腸、利尿、血液浄化
バタフライピー(Anchan):抗酸化、眼精疲労、抗酸化
エンブリカ(Makham Pom/アムラ):高ビタミンC、免疫調整、抗酸化 |
ベールフルーツ(Matum):整腸、便秘、咽喉炎の緩和
※ 薬効は伝統的使用経験に基づくものであり、現代医学的検証が並行して進められています。
5. 臨床応用と地域医療への展開
タイ国内では、政府の支援のもと、伝統医学が国民医療制度の一部として組み込まれています。特に「地方のプライマリーヘルスケアにおいては、ハーブ療法とマッサージ療法が第一選択」となる事例も多く、地域の健康資源としての実用性が高く評価されています。
地方の寺院や地域コミュニティには「ハーブ園」が設置され、地域住民による栽培・利用・伝承の循環か構造可能なスタイルが誕生しています。こうした構造は、サステナブルな地域医療モデルとして国際的にも注目されています。
6. 現代的評価と国際的展望
21世紀以降、WHOやASEANをはじめとする国際機関では、伝統医療と補完代替医療(CAM)の活用を推進する動きが強まり、タイ伝統医学もその一翼を担う存在として再評価されています。
現在、タイ政府及びタイ保健省指導の下、国内の医療機関で
・ハーブに関する有効成分の科学的研究
・品質管理と製剤規格の整備
・製品のGMP認証、国際輸出戦略の構築
・医療従事者に対する伝統医学教育カリキュラムの整備
などが進行中です。
これにより、ハーブを用いた健康食品や機能性飲料、スキンケア製品などが国際市場に展開されるようになり、「伝統医学と産業振興の両立モデル」としての期待が高まっています。
7.タイ伝統医学の価値と未来
タイ伝統医学は、科学的・文化的・医療的視点から見ても、「単なる“過去の遺産”ではなく、現代社会における新たな健康資源としての意義」を持っています。
・身体と心、自然環境の全体を調和させる医学的思想
・医療の「個別最適化」に通じる体質中心の診断概念
・地域主導の医療資源育成モデル
・予防・治療・養生を一体化したヘルスケア設計
これらの要素は、現代医学の課題と限界を補完しうるものであり、今後の医療多様性の中核的存在として位置づけられる可能性を秘めています。



コメント